そういえば随分と長い間、外に居たみたいだ。手が真っ赤になってる。どんなふうに飾ろうかって夢中だったし、気づかなかった。
ライト、黄色だけにすればよかったかな。赤に青に緑に黄色。
少し子供っぽいけど、いいんだ。だって今年は一人きりのクリスマスだから。落ち着いた大人っぽいクリスマスは、来年にする。とてもとても夢中になっているって設定の、相思相愛、めくるめくロマンス、世界は二人のだけのものっていうハンサムな恋人と一緒に。
***
「あのね、あたし、遠山さんと付き合うことになったの。さっき、っていうか今そういうふうにさぁ。」
本当のこと言えば、心のどっか奥の方にそういう予感もあった。そんな気がする。
遠山さんのこと、好きだったわけじゃない。格好いいなぁって思ってただけ。背なんてすごく高いし、顔は誰だっけ、TOKIOのボーカルに似てる。あ、長瀬か。
濃い顔って好みじゃないんだけどさ、でも実際顔が整ってりゃ彼氏にしたら見栄えいいだろうなぁとか思っちゃってもおかしくはないもの。
他の女の子には無口なのに、あたしには仲良くしてくれていたし優しかったし、普段はあんまり女扱いされていない気もしないではなかったけどそれってもしかして照れ隠しかな、なんて自惚れていたの。悪かったな、自意識過剰で。
だから麻理江が格好いい人と合コンやりたいって言ったとき、これはもしかしたら遠山さんがあたしに告るキッカケになるかもしれないって、本気でそう感じた。これはクリスマス前にあたしと遠山さんに与えられたチャンスだって、神様と麻理江からの少しだけ早いクリスマスプレゼントなんだって。
あたしは遠山さんを誘った。それがするべき当然の運命的義務なのだとあたしは『知って』いた。直感は正しく、現実になると信じた。
確かにあたしは麻理江に遠山さんを、遠山さんに麻理江を勧めた。だってそうすることが、お義理というか表面上の取り繕いというか、そういったまどろっこしい手続きじゃない。誰だって知っているでしょう、それくらい。
二人とも合コン中も終わってからも、あんまりね、まあまあねってかんじだったし、だから遠山さんはもしかしたら、やっぱり本当にあたしを好きなのかもしれない、だから麻理江とか他の女の子のこと気に入らなかったんだ、そうなんだって、そう思ったんだ。
麻理江の声は弾んでる。無理した低音が時折跳ね上がるのを苦労して抑えている。
「香奈の友達だもん、好きになんないわけないっていうか、あーなんか恥ずかしいよ。」
覚えてる。遠山さんはその次の日、あたしに合コンのお礼と感想を、何か差別的な表現を緩和させるときのように回りくどく、時折誇張するようなゆっくりとした口調で説明した。苦笑を顔に浮かべてた。
***
「誰かにとって素晴らしい人が、他の誰かにとって強く衝動的に惹きつけられるわけじゃないよね。素晴らしい人だと感じたとしてもさ。」
「ねぇ、それ以上言ったらその口に残飯つっこむからね。」
「残飯なんて言い方はいけません。人が心を込めて作ったのに。」
「あたしが作ったんだけど。」
「知ってるよ。」
遠山さんはあたしの食べきれなくて放置されたオムライスを自分の方に引き寄せて口に運んだ。
「冷めちゃってんね。」
「美味しくないでしょう、残飯だもんね。」
「残飯じゃないよ。」
「でも美味しいって言わなかった。」
「言ったよ。」
「言ってないよ。」
「俺に作ってくれたやつ食ってるときに言ったじゃん。すげぇ愛情感じましたよ。」
遠山さんの視線があたしの指先を熱くする。このままいくと、低温火傷しそう。
この流れで告っちゃおうか。それとも告らせることが出来るだろうか。
「愛情込めたもん、あたしの分も遠山さんに作ったのと同じくらい。」
もうちょっと色気のある言い方すればよかったかな。期待させられたかな。さあどう出る?
「じゃ、やっぱり残飯って言っちゃだめだよ。」
「じゃあ残飯って言わないから、あたしの愛情こもった冷めたオムライスにも美味しいって言って。」
「さっき言ったから。」
手元から熱がふと、逃げる。
逃げる。視線が、逃げた。ずるい。
「あたしの愛情そのものなんだから、一回言うだけじゃ足りないよ。もう一つのあたしの食べ残しのオムライスだって美味しいって言ってほしいもん。言ってくれなきゃ残飯って言う。」
遠山さんはスプーンをお皿の上に一回置いて、あたしの顔をちらっと見た。それからもう一度スプーンでオムライスを多めに掬い、それを頬張りながらもごもご言った。
「冷めてる愛情なんか嬉しくない。残飯って言われたら美味しいなんて言えないよ。」
「ひつこいなぁ、以外と。」
「ひつこいよ、俺は。」
本当、しつこいな。まだ告らないの?この流れでさ。言葉にしなくたって何か行動を起こせないの?この雰囲気を作ったのは遠山さんのくせに。いざというときの勝負で躊躇するようじゃ、ちょっと情けないんじゃない。
うつむいて食べることに集中したふりをした遠山さんから視線を外して前屈みになっていた身を後ろにひいた。
「あのさ、麻理江は本当にいい子だよ。一度だけじゃわかんなかったかもしれないけど、女の子らしくて、純情だし、あたしの一番の親友なの。」
遠山さんは黙ってオムライスを口に運んだ。
折角のいい流れをうまく利用しない遠山さんが悪いんだから。もうちょっと、もうちょっと早く切り出せばよかったのに。
「一度だけじゃわかんなかったな。」
遠山さんは動揺した素振りも落胆した素振りも見せずにさらりと言った。
あーあ、強がってるなぁ。でも遠山さんがいけないんだよ。21歳にもなる男が女子高校生相手に卑怯で幼い駆け引きして、あたしに言わせようとして、自分は安全圏にいようとして。
あなたはあたしと対等じゃいけないの、もっと余裕がなくちゃ。こういうときはさらりと殺し文句でも言わなくちゃ、普段聞いたら鳥肌でも立つような。落胆を隠すのが上手なら、その鉄仮面を口説くときに使うものよ。
「もう一度会えばわかるよ。」
「なんたって香奈の友達だもんな。」
「そう、あたしの友達なんだから。」
悪いけど、もう一度その流れに持っていったってあたしは乗ってやらない。チャンスは続けては、やってこないの。
遠山さんはごちそうさまでした、と手を合わせて、二人分の食器を流し台に持っていった。
入ってきた、あたし達と入れ替わりに休憩に入る、名前も知らないバイトの新人さんに、あたしの作ったオムライスでよければ、と、ことわりをいれてから昼食をすすめた。彼が大げさに喜んだので、もう一人分作りに椅子から立ち上がってキッチンに戻り、サラダも添えてあげることにした。
遠山さんは無言で皿を洗い、そのまま仕事に戻った。あたしは出来上がったオムライスとサラダの二皿をくるりと振り向いてテーブルに置き、感謝の言葉を受けてからレジに向かった。
『飯島書店』と白字でデカいプリントのされた紺色のエプロンを首から外しながら店長が歩いてきて、「今日の昼飯はなんでしょう。香奈ちゃんがいてくれて助かるよ」と媚びた笑い顔をあたしに向けた。
後ろからドアを挟んでさっきの新人が「チーズオムライスでーす」と叫ぶ声が聞こえた。
店長は「チーズなしで俺の分は頼むよ」と言ってから時計を見て、「俺の昼飯はあと一時間後かぁ、腹減ったなぁ」と愚痴りながら書庫へ足を引きずって行った。
普段は実家からすぐ近くで一人暮らしをしていて、人手の足りないときに手伝いにくる大学生らしい店長の娘さんが、親父の去ったのを確かめてから近寄ってきて、「香奈ちゃん、あんなやつの分なんて作らなくていいのよ。お母さんだって毎日作ってやってるわけじゃないんだから。ただでさえ太りすぎなんだしお母さんのいない日くらい何も食べなきゃいいのよ」と耳打ちした。それから「あたしも休憩入ろうっと」と言ってスタッフルームに入っていった。
新人が「煙草だけじゃ体壊しますよ」と彼女に余計なことを忠告して怒られるのが聞こえた。
***
あたしはそのとき、プレゼントを取り損ねたことを、もしくは、そもそもそんなプレゼントがはじめから存在していなかったことを気づくべきだったんだ。