遠山さんにとってはただのゲームだったのだ。あたしが落ちるか落ちないかを楽しむだけの。だから動揺なんて本当にしなかったんだ、きっと誤魔化す素振りが上手いわけじゃなかった。

「そっかぁ、なんか嬉しいな。あたしが開いた合コン、無駄にはなんなかったんだね。」
「うん、ほんと香奈には感謝だよ!そうだ、香奈彼氏出来た?明日じゃん、クリスマス・イヴ。」
「出来たっていうかさ、ほら元彼いたじゃん。なんかヨリ戻しちゃったんだよね。」
「マジで?でもよかったぁ、香奈が独り身だったらどうしようって思ってたんだ、よかった、お互いクリスマス楽しもうね、メリークリスマス!」

 じゃーね、メリークリスマス、ってお愛想振りまいて携帯をブチっと切った。えいっ。携帯を、高校から帰ったときに放り投げたまんまのスポーツバッグど真ん中に狙いを定めて力を目一杯込めて投げつける。
 八つ当たりだ。
 八つ当たり?あたしが悪者なの?

 どちらから付き合おうって持ちかけたのだろう。
 それとも何となくそういうことになってしまったのだろうか。
 いい雰囲気になって、あのときのようないい流れで、その上あのときにはのうのうと横たわっていた邪魔なもの、が何もなくて二人きりのときで、何となくキスしてしまって、それで。
 それともそのままその先まで進んでしまって。

 それは違うか。
 あたしの知っている限りじゃ、麻理江はそんなことしない。始めと終わりをきっちりさせてなんでも白黒つけたがって、けじめっていう言葉が大好きで、うやむやなこととか嘘をつくこと隠し事をすることが大嫌いで、だからこそ、あたしに遠山さんとのことをわざわざ電話で報告なんてしてさ。
 クリスマスイヴの前に彼氏が出来たら普通、次の日の予定を考えるのに精一杯で、友達のことなんてどうでもいい些細なことになる。友達のクリスマスの予定がどうなるかなんてどうでもいい。心配なんてしたりしない。
 いや、違う。
 麻理江はあたしの心配をしたんじゃないのかも。
 本当に心配していたのなら、もしかすれば一人きりのクリスマスを過ごすかもしれない女に彼氏が出来たなんて報告はしないのではないか。だってそんなのあたしが主人公の物語だったら、その場面はあまりにも残酷な通知をされた惨めな女の映像になってしまう。麻理江は浮かれていただけで、あたしにのろけ話をしたかっただけじゃないのだろうか。
 自分の幸せに浸ることに熱心で、あたしにその幸福を増長させるためのピエロの役割をふった。きっとあたしのことなんてちっとも考えてなんていなかった。
 ちっとも。

 泣く程悲しくて寂しいわけでもなくて、でも心からオメデトウって言ってるわけじゃない。麻理江のこと、大好きなはずなのに、その根本的な人格を今あたしは疑っている。
 もし遠山さんのこと、すごくすごく好きだったら、もっとはっきりしてたんだろう、悲しいとか、悔しいとか、情けないとか。手にとってわかる怒りだって。
 自惚れていた自分が恥ずかしい。それはわかる。
 遠山さんがとても狡賢く駆け引きと打算に満ちた汚らしい不誠実な男だと今は感じる。麻理江が何の考えもなく恋愛ごとに浮かれあがる馬鹿な尻軽女に思える。

 今のあたしは何だろう。

 それにしたってさ、ヨリなんか戻すわけないじゃんか、着信拒否設定してるっていうのに。
 いつもの麻理江だったら、こんな強がり、すぐに見抜いた。やだやだ、ちょーしつこいんですけど、なんて愚痴言って回ってたんだし、あんなに元彼のこと嫌がってたあたしがクリスマス前だからって突然元彼のところに戻るわけなんてない。
 クリスマスになると、どうして友達より男が大事になるんだろう。もしかしたら、この強がりが何かのSOSだっていう可能性だってあるじゃないか。
 それにさ『よかった』って何がヨカッタのよ。ねぇ、それどういう罪悪感なわけ。優越感からくる見下した偽善的な同情ってさ、女特有だよね。そういう乳臭いヒューマニズムっていうのがどれだけ凶器になるか、知っているんだろうか。ヒューマニズムで人を殺すことが出来るんだよ、本当に。
 あたしは今確かに興奮状態で誇張した偏った考え方をしてつっぱしっているんだろうけどもね、それでもね、本当に表面しかさらっていかないような『ヒューマニズム』ってもんは人殺しだってテロだって戦争だって擁護するし、けしかけるんだ。そしてそれに煽動される多くは大抵、女なんだよ。

 八つ当たりだ、本当に。

***

 鼻の先で手のひらを垢が出るくらいごしごし強くすり合わせて、そこに白い息をはぁって何度も何度も吐く。塀の上に座って昨日のこと、ぐるぐる思い返した。

 あたし、遠山さんとつき合いたかったんじゃない。寂しかったけど、もし遠山さんが他の女とつき合ってるっていうんだったら、こんなことどうでもよかった。
 男との間に打算なんて常にある。友達だって口にしてても、そう認識しているつもりでも、駆け引きの準備はいつも整ってる。遠山さんはあたしに軽いゲームを仕掛けたのかもしれないし、単純に勇気のない人だったのかもしれない。あたしはそういったことを中学二年の夏に知った。今までも忘れてなんていなかった、あたしだってゲームに参加していた。カードを相手から隠したプレイヤーだった。
 勝つことも負けることもあるゲームに自ら参加したんだ。

 たとえば、もし麻理江がクリスマスも終わって、大晦日、正月も過ぎて、新学期が始まって、そこで初めて、あたし遠山さんと付き合ってるの、言ってなかったけど、なんて切り出したら。あたしは麻理江を信用しただろうか。
 妙な気の遣い方をしやがって、あたしのこと馬鹿にしやがって、同情なんてしやがって、って誇りを傷つけられた顔をしたかもしれない。あたしはどっちにしたって、麻理江のことをそんなふうに、優越感に浸った恋愛ばかに見立てたのかもしれない。

 きっとあたしのちっぽけなプライドがあたしじゃない誰かを悪役にしようとした。
 あたしは忘れている。何が始まりだったのかを。
 地球は常に誰かを主人公に回っていて、あたしにスポットライトが当たっても、カットはそれだけにとどまらないで溢れている。

 裏切ったのは麻理江じゃない。そういうことだ。

 飾りつけ、これで終わりでいいかな。色とりどりのランプが柵に沿って、デッカい木を囲んで点滅する。何の考えもなく思いつくままコードを張り巡らした割には、なかなか綺麗じゃないか。
 誰かのお父さんも恋人のいない花盛りのOLも、くたびれた色んな人が、足下からこちらに視線を、顔を上げてくれるかもしれない。少しだけ立ち止まってくれるかもしれない。

 すぐ横に置いておいた携帯を手に取り、久しぶりのアドレスを開いて通話ボタンを押す。コール音が長く感じる。

「・・・久しぶり。今日ね綺麗に家を飾ったんだ。よかったら見に来ない?うん、いないよ。二人でディナーだって。うん、そう、今夜はあたし一人なんだ。」

 嘘から出た誠だって悪くない。だってクリスマスだから。そしてあたしは、女なのだから。あたしも麻理江も、女だった。男なんかよりもずっと生き残る能力に長けた、女なのだから。
 そういうことだ。

 そして麻理江は遠山さんの腕の中。あたしが派遣した男の胸の中、あたしの指に絡まる糸。

 私たちは歌う。

諸人こぞりて むかえまつれ
久しく待ちにし 主はきませり
主はきませり 主は 主はきませり



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