おでかけ



 春が来たから。
 僕達が旅に出る理由は、それこそいくらでもあって、どんなちいさなことも、すぐにこじつけられる。そうやって頷いて楽しくやってくのが、僕達のいつものこと。
 A子とB男がいい雰囲気だとか、どうやら危ないらしいとか。そんなのは僕達には関係ない。
 どこにでも転がっていて、その上、中身がスカスカなもの。そんなのは僕達にはいらない。
 僕達は、ずっと変わらない本物だけを欲しがっていて、それが宝物なのだと知っている。それだから僕達は、どんなちいさなことでも理由にして、揃って一緒に旅に出ることができる。



「知っとるか、面堂」
「何をだ。目的語を言え、諸星」
 諸星の肩に頭を預けたラムさんが、もぞもぞと動き、もたれかけた体がより一層傾く。諸星が小さく舌打ちする。
 三十分ほど経っただろうか。四人でカードゲームに興じた後、他愛のない会話をしていた。しばらくするとラムさんが眠気を催し、諸星が反論できぬほど素早く、諸星にもたれかけて寝入った。諸星は何やらよくわからぬ愚痴を口ごもり、膨れツラをした。しのぶさんは「やあね。あてつけちゃって」と諸星をからかい、ぼくは「ねえ?」と笑いかけてくるしのぶさんに、苦笑を返した。
 信用しきって諸星の肩に頭を預けるラムさんの姿に、見慣れた光景とはいえ、少しも胸が痛まないというわけにはいかない。おそらくしのぶさんも、今のように吹っ切るまでには、そうだっただろうと思う。
 しのぶさんはぼくのぎこちない笑顔に、やれやれというような表情をつくると、「あたしも眠くなっちゃったわ」と言って、ぼくとは反対側の手もたれに肘をつき、瞼を閉じた。
 そうしてぼくと諸星は静寂の中、取り残されてしまった。列車がガタリと揺れた機に、しのぶさんの頭がぼく肩に載ったこと以外、なんの変化もなかった。
「おい、諸星。ラムさんが疲れないように肩を下げろ。ラムさんが首を違えでもしたらどうする」
 諸星はぼくを一睨みすると、ずずっと背もたれに沿って上半身を下にずらした。そのせいで諸星の膝がぼくの領域へと突きだしてくる。
「きさま、ちっとは人の迷惑も考えろ」
「うるさい男だな。おまえがどーのこーの言ったのではないか」
「他にも方法があるだろう」
「たとえば?」
 この男はアホか。
「きさまが片方の肩だけを落とせばよかろう」
「それではおれが疲れるではないか」
「…きさま」
 腰にある日本刀の鍔に手をかけると、諸星が視線をふい、とぼくの横にずらした。ぼくは慌てて動きを止める。
「おれにどーのこーの言う前に、おまえがしのぶをいたわれよ」
「きさまに言われんでも、わかっとるわ」
 実を言うと危なかった。しのぶさんの頭はころり、とぼくの肩から転げ落ちる寸前で、すうすうと静かな寝息をたてるしのぶさんを、危うく起こしてしまうところだった。
「それで面堂。話を戻すが、おまえは知っとるのか」
「だから何をだ」
 苛々とする。要領を得ないアホとの会話は疲れる。諸星がすうっと目を細める。
「しのぶに、男が出来たぞ」
 咄嗟に振り返ると、その反動でしのぶさんはぼくの肩から少しずり落ちたものの、依然すやすやと平和に眠っていた。諸星が「おれが言うようなことではないがな」と言った。


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