ただいま放課後



「これでよしっ」
 窓の鍵をチェックし終えて、両手をパンパンッと二度、叩き合わせる。うん、いい音だ。一度目も二度目も擦れず、間が抜けず。ぱんぱんっ。気持ちよく弾かれ、静まった教室に響き渡る、澄み渡ったクラップ音。うんうん。この上なく上出来。
「そっちはど〜だ?終わった?」
 我ながらしみじみ、惚れ惚れするような音じゃ。満足し終えて、振り返る。腰に両手を当てて、へらへらっと気分よく。
「まだ」
 返されたのは、単語ひとつ。端的。声色は無機質に事務的。おれの浮き足だった軽薄な声を突き放すように、冷たく言い放ったしのぶは、学級日誌にペンを走らせている。おれの問いかけに顔をあげることなく、ひたすら真面目に取り組んでいる最中。ふとペンが止まり、ノック式のシャーペンをクチビルに押し当てる。ふにゃり、としのぶのクチビルが押し上げられる。リップでも塗っとるんだろーか。ぷにゅっと曲がったクチビルが違う角度で一瞬、ツヤを放つ。カチリ、とノック部分が押し込まれる。まるでおずおずと恥じらうようにワンプッシュ。暗くなった教室を照らしだそうと頑張っている蛍光灯の、青白い光。しのぶのホッペタも青白い。
「コースケくん、カーテンも寄せて」
 ピンク色の樹脂シャーペンが名残惜しそうにクチビルから離れていく。柔らかそうなクチビルが小さく上下する。ぷにゅっぷにゅっ。
「…コースケくん?」
 学級日誌に向かっていたしのぶが顔をあげた。髪がさらさらと、しのぶのホッペタやらオデコやらを掠めて、肩に留まる。しのぶは眉間に皺を寄せておれを見上げる。へえ、けっこう睫毛、長いんだな。あ、でも下向き。目に入ったら痛かろ〜。逆さ睫ってやつ?んなアホなことが呑気に脳裏に浮かぶ。睫毛の次は、自然、しのぶの黒目がちな瞳に目がいき、瞳孔が開いとるな…ああ、そうか暗いからか――と、目が合う。バチっと。
「コースケくんったら」
「お。おう」
 はっと正気に戻って、慌てふためいて返事をするも、しのぶのやつ、なんて言ったんだ?さっき?
「えっと…。なに?」
 へらっと頭を掻いてしのぶを見る。しのぶは肩を落としてため息をついた。はあ…。両眉が下がって、呆れきった顔をしている。
「まったく…」と、しのぶはそのまま愚痴に繋がりそうな口ぶりでクチビルを尖らせる。またもやクチビルはツヤっと光る。こりゃやっぱし、なんか塗っとるんだろ〜な。なんて間抜けな感想でぼけっと、続いて出てくるだろうしのぶの嫌味に備えていると、しのぶは手を口元にやった。
「あっ…」
「ん?」
 眉間に深く寄せられていた皺がぴんっとのびて、もともとまんまるな目がさらにまるく見開かれる。
「もしかして、コースケくん」こくり、としのぶの喉がなる。またもや額に寄せられる眉。今度は不安げ。「具合でも悪いの?」
「んにゃ。全然。ど〜して?」
 しのぶはどっと疲れたように強張った顔つきを緩める。白けたように目を細める。
「あっそ。じゃーいいわよ、別に…」
 つまらなそうに言い放つと、しのぶはまた俯いて学級日誌と睨めっこし出した。だからなんでよ、と口を開きかけたところで、「コースケくん、カーテンをしめてちょーだい」とぴしゃり。しのぶに遮られた。
 なんだ?くるくる機嫌の変わるやっちゃな。女心と秋の空〜ってやつかね。
 しのぶに命じられるがまま、すごすごと窓ガラスの側へ行く。黄ばんだ薄手のカーテンと、裏地が緑色した黒くて重たい遮光カーテンの両方一緒に掴んで引っ張る。ざっざざっ。薄いの厚いの、どっちかのカーテンが途中で引っかかる。滑りの悪いカーテンレールに舌打ちしようとしたそのとき、背後から何やらぶつぶつ言うしのぶの声が聞こえた。
「なんなのよ、もう…。ぼ〜っとしてるから、どこか具合でも悪いのかと思っちゃったじゃない。紛らわしい…」
 おれに聞かせるつもりがあるのかないのか。非難めいた口調は聞き取りにくい。が、まったく聞き取れないほどじゃない。ぼ〜っと聞き流せば、なにかしゃべっとるなー程度の。神経研ぎ澄ませて耳を澄ませば、一言一句、ぜんぶ理解できる程度。ま、そ〜すっと息づかいまで聞こえちゃうわけだが。…意識すると、妙な方向に話がいっちまいそうだな。しのぶはもごもごと口篭もって、ちっとばかし不明瞭な塩梅で愚痴っとる。ふ〜ん。そ〜か、おれの心配してくれたってわけね。つんけんした言い方も、もちっと言い方変えてくれれば可愛ーんだけど。照れ隠しかね。そうとくりゃ、それはまあそれで…。
「だいたい、窓の鍵を閉めたんなら、カーテンだってしめてくれなくっちゃ。片手落ちなのよね、まったく…。ええと、これで窓の鍵と暗幕の欄はマルっと」
 い、嫌味じゃ。
 途中でつんのめるカーテンを無理矢理最後まで引き終えると、黒板に向かった。日にちと日直の名前の欄に黒板消しをかける。フリをする。しのぶの、なんだか妙に可愛い独り言をコッソリ聞き取るため。なーんて色気をかいたおれに気がついたのか、しのぶの声のトーンが上がった。明瞭になった言葉。それは「だいたい、結局いっつも男子って、面倒なことは全部女子に押しつけるんだから」
 嫌味じゃ。あーあなんでオンナってこう、嫌味っぽいのかねー。ラムちゃんだったらなあ。ラムちゃんだったら…。おれの頭の中では、上目遣いの瞳をうるうるさせて、心配そうにおれを見上げるラムちゃん。胸の前で組み合わせた両手。
「大丈夫け?具合でも悪いのけ?」だいじょおぶだよ、と逞しく胸を張るおれ。ほっとしたようにニコっと笑うラムちゃん。「んもうっ。心配したっちゃ」
 ごめんね、と頭を掻きつつ笑いかけると、ラムちゃんは人差し指をおれに向ける。
「うちを心配させるなんて…」ラムちゃんの細く白い指がおれの鼻のあたまを「コースケったら、わ・る・い・オ・ト・コっ」つんっ。

「…スケくん」
 それからラムちゃんは少し恥じらって俯く。触れたら熱そうな、真っ赤なホッペタは柔らかそう。濡れたようなつやつやなラムちゃんのクチビルが動いて、「でも…」
 だからおれは男らしく、なんだい、と聞く。ラムちゃんはモジモジした様子でおれを見上げて「でも、そんなコースケがうちは、」
「コースケくんっっっ!」
 ばっち〜んと強烈なビンタを食らったような、理不尽で無情な力で妄想の世界が目の前から霧散すると、鼻の先には般若の顔をしたしのぶのドアップがあった。
「な、なに?」
「なに?じゃないわよ、まったく」
 はああっと深くため息をつくしのぶ。腰に片手を当てて、もう片方の手は額。眉間に寄せられた皺は、深く刻み込まれている。あんまり怒ってばっかりおると、皺になるぞ。と思うも、失言してまた怒鳴られるつもりはない。ああ、やっぱりラムちゃんは(妄想とはいえ)他のオンナと比べて、格段に…。
「ねえ…。コースケくん、ホントはやっぱり、具合悪いんじゃないの?」
 しのぶが声のトーンを落とす。ひっそりとささやくような声。
 視線を戻すと、片眉を寄せて怪訝そうに覗き込むしのぶの、大きなドングリ眼と出会う。潤んだ黒目がちな瞳。
 う、うん。まあ、ラムちゃんはあたるしか興味ないもんな。こんなドアップで顔が見られるなんて、まずないよな。まさしく高嶺の花。あたる以外の男じゃ、挨拶に毛が生えた程度の会話がせいぜい。ラムちゃんを心から笑わせたり喜ばせたり怒らせたりなんて芸当、あたる以外にゃ叶いっこない。そうだ、そのせいなのか、ラムちゃんの顔、と言われて思い浮かぶのは、にこにこ可愛らしく笑ってる顔。もしくはガールハントにいそしむあたるの背中に向ける、怒り顔。ラムちゃんがあたる以外の男に表情くるくる変えることは、そういえばほとんどない。
 いや、それとももしかして、それはおれだから?おれがラムちゃんとそんなに親しくないっていう…。元婚約者だっていうブタ牛や面堂あたりだったら違うんだろ〜か。ラムちゃんの中でおれは、その他大勢の一人、とか。
 我ながら自虐的だ。
「大丈夫?保健室行く?まだサクラ先生いるかしら」
 壁にかかった時計を見て、おろおろとし出すしのぶ。こうして見下ろすと、しのぶは案外小さい。とんてもなく重たい剛鉄を持ち上げるオンナとは、とても思えない。肩なんか小さくて薄っぺらだな。これでよく…。
「熱は…」
「なっ!」
 ぴやっと冷たい手がおれの額に当てられる。
「…ないみたいね」
 どっくんどっくんと飛び跳ねた心臓を押さえようと、胸に手を当てる。しのぶは俯きがちに口元に手を遣って、ん〜と考え込んでいる。睫毛、やっぱり長い。
「な、ななな…」
 もしかして、おれの妄想、ラムちゃんからしのぶバージョン改訂で具現化?
 こうしてまじまじと見ることなんか今までなかったけど。だいたいしのぶのことを知ったのだって、あたるの幼なじみっていうスタートだったし、それからあたるのやつとデキてるってことまで最初から頭にあった。アホのあたるにしちゃ、上出来のオンナ捕まえたな〜くらいは思ったけど、それ以上の感想なんかない。
 にしたってラムちゃんにしろ、しのぶにしろ、なんであんなアホにばっかり…。
「とりあえず…。熱はないようだけど、早く休んだ方がいいわね。さっさと終わらせて帰りましょう」
 にこっ。しのぶの笑顔。
 至近距離で笑いかけられるって、これ、男に勘違いしろって言ってるのと同じですよ、しのぶさん。

「だめだめっ。ちゃんと黒板全体に黒板消しかけなくっちゃ。黒板消しもほら、ちゃんと叩いて。汚れたままじゃ、黒板に白い筋がついちゃうじゃない。もうっ!あたしがやるから、コースケくんは学級日誌書いて!」
 ぷりぷりと仕切るしのぶに圧倒されて、しのぶとバトンタッチ。学級日誌の続きを書くべく下がる。さっきまでおれの体調、心配してたんじゃなかったの?しのぶちゃん。鼻息荒く頭から湯気でも出ていそうなしのぶの後ろ姿。やっぱり、さっきのしのぶは幻覚だったんだろ〜か。取り巻く空気一体が怒気でおそろしく膨らみ上がって、巨大な大怪獣しのぶ。小さいなんてとんでもない。
「くっ…」
 届かない、と黒板の上部を拭こうと背伸びするしのぶ。右腕をピンと伸ばす。左肩を落として精一杯、ぶるぶるとつま先立ち。なんでそこまで真面目にやろうとすんのかね。座りかけた椅子からもう一度、教壇の方に戻る。
「やんなくていーんじゃない?そこはさ」
 女の子じゃ手が届かないデショ。教卓に肘をついて頬杖で、呑気に言ってみる。思った通りしのぶは勢いよく振り返る。ぶんっと髪が、その勢いに一緒について回る。
「ダメよっ!そうやってみんながやらないでいるから、黒板の上の方、もう取れない汚れまでついちゃってるのよ。だから、毎日ちゃんとやらなきゃダメなの」
 しのぶより一段下がった位置で眺めりゃ、いつものしのぶの気迫は存分に堪能。でも一段上がって、同じ舞台に立てば…。
「んじゃ、上はおれが拭くよ」
 途端にしのぶは、おれより頭一個分小さい、フツーの女の子。
 二つある黒板消しの一つを取ろうと手を伸ばすと、しのぶが「はい。よろしくね」と手渡してくれた。にこっと笑顔つき。
「ありがと。コースケくん」
 また至近距離。

 男の特権。ここぞとばかりにカッコつけて、胸をはって黒板消しを右往左往させる。ちらっと盗み見すれば、しのぶが真っ白になった粉受けの溝を、ぞうきんで水拭きしている。濡れたぞうきんの先端を尖らせて、隅まで突っ込んでいる。細かい。細かすぎる。しのぶと結婚する男は苦労するぞ。
 仕事から疲れて帰って、カバンや背広はまあ、玄関で出迎えてくれるしのぶが受け取ってくれたり脱がせてくれたりして、片付けてくれるんだとして。さて靴下だのなんだのを脱ぎ散らかそうもんなら、仕事で疲れた旦那に浴びせかけられる、キンキン声。
「ちょっとアナタ!脱いだ靴下、こんなところに置かないでくれない!汚いったらないじゃないの。まったく誰が片付けると思ってるの?臭いったらありゃしない」
 嫌で嫌でたまらない、といった表情で眉間に深く皺を寄せ、汗の染み込んだ、丸まった靴下を、顔から出来るだけ離したところまで遠ざけ二本指でつまみ、且つ鼻もつまんで洗濯機に持って行くしのぶ。
「くさいってそりゃおまえ、汗水たらして働いた、勤労の勲章だろうが。靴下が臭くならん男なんぞ、まともな仕事しとらんぞ」
 しのぶは鬼のように目をつり上げて「あたしは靴下が臭いのが悪いって言ってるんじゃないわよ。話をすり替えないでちょーだい。脱いだら洗濯機。簡単なことじゃないの。子供だって出来ることよ。あなたがいつもそんなだから、あのこが最近真似するようになっちゃって。最近じゃあたしの言うこと聞きやしない。泥だらけの洋服ぽーいぽーい。父親のだらしないところばっかり真似するんだから」
 しのぶが視線を天井に投げかける。今はスヤスヤ夢の世界にいるだろう我が息子。父ちゃんは今、一番君に会いたい。だいたい、外で元気に遊んで帰って、泥で汚れた靴下丸めて放り投げるぐらいの方が、元気があっていいじゃないか。男の子なんだし。だけどウッカリそんなことを言おうものなら、ヒートアップするものと相場は決まっている。
「それが仕事で疲れて帰ってきた亭主に言うことかね」
 はあっとついて出るのはため息。なんで帰宅早々、女房の愚痴を聞かないといかんのか。散々、職場で上司にコッテリ絞られてるっちゅ〜のに。
「あたしだって出来れば、毎日こんなこと言いたかないわよ。いちいち言わなくちゃならないあたしの身にもなりなさいよ」
「じゃーおまえはおれの立場になって考えたことあるのか?会社に行けば、机でふんぞり返るしか脳のないアホな上司から無理難題押しつけられて、理不尽な説教受けて、くだらんダジャレに付き合って愛想笑いしてやったり、コピーだのお茶だの、寿退社狙いの茶汲みOLもどきの雑用も押しつけられて…。それも家族のため、お前のためだと思うからこそ毎日あくせく働いてるとゆーのに、すれっからしになった旦那に、労りの一言もないのか?えっ?」
 しまった、と思ってももう遅い。しのぶの目に恐ろしい光が煌めく。
「労りの言葉?こちらこそ欲しいくらいだわ。朝はお弁当に朝ご飯、掃除洗濯、洗濯物を干し終えたらスーパーのレジ打ちのパートに出かけて、終われば夕飯の買い出し、夕飯の支度、家計簿つけて子供が帰ってきて…。あなたは仕事から帰れば、もうお休み、何もしなくていいんでしょーけど、あたしに休む暇なんかありゃしない。帰宅早々、服を脱ぎ散らかして、ソファーでデ〜ンと座って動かないご亭主様のために、あなたの言う『お茶汲みOL』みたいに動き回るけど、OLと違って、あたしには労働時間に終わりなんかないのよ」
 茶汲みOLと違うところは、それだけじゃない。初々しさ若さ、それに素直さと可愛げだ、と言いたいがぐっとこらえる。
「だいたいね、仕事のことだけどね。そんなのあなたのせいじゃないのよ!だからあたしは、あなたに高校時代から、もっと勉強しなさいって言ってたじゃない。学生の頃頑張っておかないから、今、三流会社で安月給の使いっ走り扱いされてるんでしょっ!それにあたしのためって何よ!あたしだって働いていたかったのよ。それなのにあなたが『結婚したら家庭に入って欲しい』とか、あなたの安月給じゃなかったとしても今ドキの日本経済鑑みれば、どう考えたって無理があることを言い張るもんだから。時代錯誤もいいところよ。結局こうしてスーパーのレジ打ち、だなんて、これまでの仕事の経験なんてどこにも生かせそうにないパートをしないと家計をやりくりしていけなくなっちゃって。あたし、辞めたくなかったのよ、仕事。忙しかったけどやり甲斐があって、だってそのために勉強してきたんだもの。出来ることならずっと続けたかったの。何度も言ったじゃないの。でもあなたが辞めてほしいって言うからそうしたんじゃない。ああそう。今からだって遅くないわよ。あなたがそんなに『おれの立場になってみろ』って言うのなら、ええ。そうします。その変わり、あなた、主夫やってくださるわよね。いいわよ、働きに出なくて。専業主夫やってちょーだいな。ご近所のママさん達に混じって、井戸端会議してなさいよ」

 い、嫌じゃ。そんなギスギスした結婚生活。
 優等生のしのぶは、このまんまいけばそこそこいいところまで行くんだろうが、おれとくれば…。まあ、いざとなったら恥を忍んで面堂んちにでも厄介になるかな。それにどっちにしたってしのぶは、優等生だっていってもキャリアウーマン目指すようなタイプじゃないしなあ。おれがど〜のこ〜の言わんでも素直に家庭に入りそうだし。うん。心配ない。杞憂だな。
 ふっと安堵の息を吐いて、しのぶへと振り返る。
 右肩のちょい下あたりにあったはずのしのぶの頭。が、ない。黒板の日にちは既に明日へ変更されていた。その下を見れば、明日の日直はあたるとラムちゃんだという。
 白いチョークで書かれた二人の名前。白く濃いラムちゃんの名前の下、うっすらと『三宅しのぶ』の文字が残っていた。『諸星あたる』の文字は、消し残しの白いチョークのモヤもなくきれいな、深緑色の黒板の上に書かれていた。
 アホか、おれは。杞憂もなにも。なんでしのぶがおれと結婚せにゃならんのだ。
 きょろきょろと視線を彷徨わせると後ろから「コースケくん、全然書いてくれてないじゃないの!」という、しのぶの非難が飛んできた。

 しのぶの前の席に腰を下ろし、固い木の背もたれに両肘をついて腕を組む。ふ〜ん。今度の二十日は大寒なのか。『日直から一言』欄に書き込まれていく、しのぶの防寒対策を、だとか、風邪には気をつけて、だの。よく言えば、女の子らしい気配り。けど、しのぶの場合、どっちかって言ったら―――。
「今日お休みした人とか、遅刻早退した人。いたかしら?」
 ふっと顔を上げたしのぶと目が合う。ばちっと目の合う音がしたかと錯覚するくらい間近。鼻先にしのぶの前髪が、かすかに触れるか触れないか。さらっと髪の揺れる音。しのぶの『今日の一言』を眺めながらおれは、いつの間にか乗り出していたようだ。
「えっ?あ、うん。いないんじゃないかな」
 組んでいた腕をほどいて、丸めていた背中を伸ばし背もたれをぐっと掴む。
「うちのクラス、健康だけが取り柄みたいなやつらばっかりだし」
 へらっと笑ってみせると、しのぶもへらっと笑って、机から少し遠のいた。
「そ、そうよね。ウチのクラスって、『体力だけが異常に発達してるクラス』だものね」
「そ」
 ニコニコ笑って頷き、しのぶを指さしてみる。
「…どーゆー意味よ」
 しのぶの声に危険な怒気が含まれる。
「べっつに〜」
 口笛を吹いて目を逸らす。ちらっと盗み見るとしのぶは、さっきのちょっと気まずい、みたいな愛想笑いを取り払って、納得いかないような顔で口をへの字にしていた。それでこそしのぶ。
「それはどーでもいいけど」むっとしたような調子でしのぶが続ける。「コースケくんも一言、なにか書いてよね。日直なんだから」
「いーよ、おれは。しのぶに任せる」
 だいたい、『日直から一言』なんて欄、男が書いたって誰も喜ばない。
「んもうっ。いい加減なんだから…」
 ぶつぶつ愚痴りながら、しのぶは眉間に皺をよせながら日誌に向かう。季節の挨拶だの気候云々だの、母ちゃんみたいな文章の続きを書き始める。ピンク色のシャープペン。ノック部分がしのぶの唇に埋もれる。
「まあまあ。そうカッカしなさんな。しのぶが書いた方が字が綺麗で見やすいし。それにほれ、しのぶに惚れながらも意気地がなくて、なかなかしのぶに話しかけられないよ〜な哀れな男どものためにも、しのぶが書いた日誌、ってのは、そいつらが喜ぶだろ」
 途端に眉間の皺がぱっと消えて、まんざらじゃないって顔になるしのぶ。
「そ〜お?そんなものかしら…」
 にやけた顔で、うきうきと声が弾んでいる。ピンク色のシャーペンがリズムをとって揺れ始める。シャーペンはしのぶにとって、ルンルンの二拍子を刻む指揮棒ってとこ。
「そんなもん、そんなもん」
 あたるに劣らずお調子者。おだてればニコニコ現金にペンを進めるしのぶ。
 実際、何人か知ってるよ。そんなしのぶの『一言』を心待ちにしてる、そ〜ゆ〜やつら。
 かく言うおれも、ラムちゃんの一言ってやつを日直が回ってくる度、学級日誌めくって読んでたりする。ま、ラムちゃんの場合、長文派のしのぶと違って大概、本当に『一言』なわけだけど、ラムちゃんの文字でラムちゃんからの一言ってやつが、有り難いんだよなー。おれが書いたって、温泉マーク以外、誰も読まないに決まっとる。いや、温泉マークもちゃんと読むかどうか怪しいな…。あいつ、生徒の日誌、ちゃんとチェックしとんのか?
「ね、コースケくん。これでいいかしら?」
 しのぶが学級日誌をくるっとおれの方に反転して、見せてくる。『日直から一言』の書き加えられた文章は、それまでの口調より、心なしか可愛らしくなっていた。
 にっこり。にこにこ。学級日誌から目を上げると、両手を胸の前で組んで、期待に満ちてキラキラしたしのぶの目が待ち構えていた。
「うんうん。い〜んじゃない。あいつらきっと、喜ぶよ」
 修正後の文章。『寒い日が続いていますが、風邪などひかぬよう、どうぞお体には気をつけて下さいね』と、ここまでは一緒。『体調を崩してお休みになってしまったら、とっても寂しいです(涙マーク)元気に皆さんと学校でお会いできることを、毎日楽しみにしています(ハートマーク2つ)』
 特にどうってことない、何気ない文章。でも最初に書かれた文章より格段に意識されているのが、目の前で見ていたおれにはわかる。後々、自意識過剰だと思われないよ〜に、テンションを抑えつつ、でもしっかりしのぶファンの男共を意識してる。
「そう?よかった」
 照れたように、はにかんでみせるしのぶ。けど自信なさげ、という感じは全然しない。たぶん自分でもわかってるんだろう。まあ、やっぱり――。
 可愛いんだよなあ。
 こうやって笑顔を見て。やっぱりしのぶって、可愛いんだよなあ、と思う。今日は何度、至近距離で笑いかけられたんだろ。こんな近くでしのぶの顔見たこと、あったっけ?
 眉間に皺よせて怒鳴り散らしてるのも、しのぶらしいっちゃ、しのぶらしすぎるんだけど。しかもお手机とか、ホントすごいよなー。フツーの女にゃできない芸当。というより、普通できない。普通の人間にゃできない。だいたい、クソ校長の企画した新年のクソ行事において、あのクソ重い羽子板を持てるってだけでもすごかったのに、それを自由気ままにふりかざすんだからすごい。並大抵の女じゃない。
 でも、こーやって笑ったり、綺麗な字でちまちま日誌書いてたりすると、ホント普通の女の子なんだよな。
 普通っていうか、うん。ほんと、普通の、クラスに一人はいる可愛い子っていう…。
 ラムちゃんみたいな、とびっきりのイイ女、手の届かないピンナップガール、グラビアアイドルみたいな、芸能人みたいなオーラとか、そんなのは全然ないけど。親しみやすくて、冗談言ってちょっかい出してからかって。「んもー!」とか、怒らせてみたくなる、ちょっといい感じの子。
 まじまじと顔のツクリを見てみれば、予想以上に整った顔してたりして、唇もちっちゃくて、なんかツヤツヤしてておいしそうだし。
 そーなんだよな、しのぶって。手の届く範囲にいる、ちょっと可愛い子。前にあいつらが言ってたこと、わかるかもしんない。でも手に届くよ〜な場所にいる女に、それがいいところだっつーのに、話しかけなかったら意味がなかろ〜に。
「んじゃ、温泉マークんとこ行くか」
 意気地なしの間抜けどもの悔しそうな顔を想像しながら、思い切ってしのぶの手を引いてみる。ぴやっとして冷たい。しのぶの小さい手が、おれの手の中で一瞬びくっとする。しのぶの丸く見開かれた目と、手に、おれも一緒に内心びくっとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだストーブの元栓も確認してないし、あたし、まだ帰る準備してないのよ」
 しのぶの顔に浮かんだのは、最初の驚きと、急かせるおれにただ『待ってほしい』という、純粋な焦りだけ。嫌悪はなし。手も振りほどかれなかった。役得じゃな。このまんまちょっと調子にのって、肩でも抱いてみよ〜か…いややめとこ。あたるじゃあるまいし。
「ほいほい。ストーブの元栓ね。しのぶは帰りの支度しとけよ」
 しのぶの手を離してストーブへ。ちょっと惜しいな、と後ろ髪ひかれつつ元栓を確認しようと腰をおろした時に気がついた。
 あれ?帰る準備してないって、しのぶ、おれと一緒に帰るつもりなの?
 …ふ〜ん。あっそ〜なんだ。

****

「あっ。コースケくん、上履きの踵、踏んづけちゃダメよ。クセがついちゃうと、普通に履こうとしたとき、すっごく履きにくいんだから。転びやすくて危ないし。ねっ?」
 学級日誌で肩をトントンやりながら、のんびり廊下を歩いてると、しのぶの小言が背中から投げかけられる。なーんか、ホント、普通の、よくいる口うるさい女子ってかんじ。むしろ、おまえは母ちゃんか?
「ん〜ま〜そうね〜」
 のらりくらりと躱すと、しのぶが突然かがみ込んで、おれの足下に突撃してきた。
「なっ!」
 ずるっとおれの上履きの踵を引っ張るしのぶ。そのままずるっと廊下に転がされるおれ。おれが冷たい廊下と熱い抱擁を交わしている間、しのぶはおれの足に上履きを履き直させていた。
「なっなっなっ…」
 満足に二の句も継げず、這いつくばったまま肩越しでしのぶを見る。満面の笑みを浮かべていた。
「ねっ。転びやすくて危ないでしょ!」
 誰のせいじゃ!
 文句の一つでも、と制服を払って立ち上がると、ふと妙な声、男の声が聞こえたような気がした。しのぶが廊下の窓越しへ、視線を投げかける。おれもつられてそちらへ。窓にベタベタつけられた手垢が、電灯で浮かび上がって見える。その向こう側に、一本線の橙色を残すばかりの地平線。太陽は頭も見えず、ほとんど姿を隠している。
 そして黄昏時の薄暗がりの中、男が二人。
「飽きないわねえ、あの二人も」
 しのぶは呆れたようなため息をついた。半分は暗く翳って、半分は電灯で青白く照らされた、しのぶの横顔。眉毛を下げて微笑んでいる。
 もう一度グラウンドに目をやってみれば、面堂が神出鬼没の愛刀をあたるに振りかざしているところだった。
「…しのぶって、まだ面堂のやつが好きなの?」
「えっ?」
 さっきまでのちょっと神秘的な微笑のお面を、勢いよく外して、しのぶが振り返る。真ん丸にしたしのぶの目と出会って、はっと我に返る。
 おれの大馬鹿野郎!考えなし!
「あ!いや、その!ほら、よく四人で休みの日に出かけてるだろ?でも面堂の野郎はラムちゃんに惚れてるからさ、しのぶはツラくないのかなあって…」
 やぶ蛇じゃ!フォローどころか、これじゃ墓穴をますます深く掘っとる。その深さ、勢い、マントルに到達するのではなかろーか。
「あ、あの、えーと、そのだな…」
 見苦しくわたわたと慌てるおれに、しのぶはきょとん、とした顔を崩した。うふふ。口元に手を遣って、愉快そうに笑う。
 よ、よかった。胸をなで下ろすと、相変わらずころころっと小さく笑い続けるしのぶ。まるで野に咲く花のよーだ、とか言ったら……、やっぱり気障かね〜。
「そりゃまあ、面堂くんみたいにハンサムで頭のいい人と一緒にいるのは、女の子なら誰だってドキドキするし、楽しいわ」
 誰だって、じゃなくて、しのぶはど〜なんだ。うまくはぐらかされたのか?
「ふ〜ん。そんなもんかねえ」
「そんなもんよ」
「じゃ、サクラさんやラムちゃんは普通じゃないってこと?」
 そんなわかりきっていて至極当然なことを、なぜ聞くの?とでも言いたそうな顔をして、しのぶは首をかしげた。
「サクラ先生から見たら、面堂くんは生徒なのよ。生徒にそんな感情を抱く先生なんているのかしら。それでなくても年上のサクラ先生には、ツバメさんっていう恋人がいるんだし。ラムに至っては、あたるくんを追いかけて地球に来たんだもの、他の男の人に目がいくはずないわ」
 それもそーだ。だいたい顔がどーのっていうんだったら、ラムちゃんには大食いブタ牛の元婚約者がいたし。あいつ、レイって言ったっけ。あいつの顔は面堂の野郎より整ってたんじゃなかろーか。人間の姿なら、だけど。あのときの面堂の真っ青な顔は、生涯忘れんぞ。ざまーみやがれ。男は顔じゃないっ。いや。そーいえば、男は金だ、とかアホなことも言っとったな…。
「女子が面堂にキャーキャー言うのは、顔か?それとも金か?」
 素直に知りたい。
 しのぶはちょっと悩んで「どっちもじゃない?」と言う。小首をかしげる格好は可憐だったが、台詞は可憐じゃない。まあ女ってのは、そんなもんだよなー。
「女ってのは現実的だよな。結局男ばっかりがロマンチストでさ」
「なにそれ。聞いたような台詞言っちゃって。彼女にでも、何か言われたの?」
 揶揄するようなしのぶの口調にドキッとする。彼女、聖なる胃袋(セントストマック)とは、おれの財源が底をつきそうなので、このところ不穏だ。女は結局金なのか。と言うより、おれは彼女にとってメシをおごるためだけの男なのか、と若干拗ねていた。
 しのぶを見れば、わくわくうずうず、野次馬根性丸出しで両手を胸の前に当てて身を乗り出している。話してごらんなさいよ、相談にのるわよ、女の子のことは女の子の方がよ〜くわかるんだから、とでも言い出しそうな。
 いやいや、そんな悪魔の囁きに騙されちゃいかん。頭を振って誘惑を振り切る。
「おれのことはい〜よ。でも女って、ホント現実的。ラムちゃんくらいだよ、金とかそ〜いうの、全然気にしない上に一途でさ。顔で男選ばないし、もうひたすらあたる一筋。いいよな〜、あたる」
 しのぶがふいっと横を向く。でも鈍感なおれは、しのぶのサインに気がつくことなくペラペラと。ラムちゃんに関するあたるへの羨望は疑問とともに常日頃、あったもんだから、ぺらぺらぺら。口から出るわ出るわ。ろくに考えもなしに、鬱憤晴らしのよーに口から出るに任せて、いつの間にやら、おれは誰と喋ってるのかも忘れていた。
「あーんないい女に一途に思われて。他の男には目もくれないって。どんだけ一途なのよ、ラムちゃん。だいたいあの、女好きでどーしようもないあたるだぜ?いい加減愛想尽かしても当然じゃないか?」
「…それ、あたしへの当てつけ?」
 はっとして振り返ると、しのぶは口を一文字に結んでいた。
「ち、ちが…」
「どーせあたしは、面堂くんが来た途端に、あたるくんから面堂くんに乗り換えたわよ。幼なじみの浮気男に愛想尽かしたわよ。どーせあたしは、ラムみたいに心が広くないわよ。どーせあたしは、ラムみたいに美人じゃないし、グラマーじゃないわよ」
 そんなこと知ってるわよ、としのぶは口を閉ざした。
 俯いたしのぶの顔は、暗くてよく見えない。震えているわけでもないし、涙声でもない。そんなことをチェックして、卑怯だけど逃げ道を探しているおれ。
 完全におれから背を向けてしまったしのぶに為す術もなく。窓ガラスに映ったしのぶは、泣いてはいなかった。眉間に皺を寄せるでもなく。
 無表情。
 そんな言葉がぴったり。しのぶは窓越しのグラウンドをぼんやり眺めていた。いつの間にか、面堂もあたるもグラウンドから消えていた。
 どうしたらいいのかわからないまま、しのぶの後ろ姿と、窓ガラスに反射して映る、凍ったように無機質な表情の、しのぶの顔を交互に眺める。そしてふっと思うのは、しのぶだってそう悪くないんだけどな、ということ。
 ラムちゃんに嫉妬なんかしなくたって、しのぶも十分可愛いんだけどなあ。
 だいたい、こうやって軽口たたいてからかうのって、気に入ってる女の子だからこそ、いじめてみたくなる男心っていうか。ラムちゃんは遠目から眺めるだけで幸せになるアイドル。しのぶは隣で笑っていて欲しい可愛い女の子。ラムちゃんは、彼女の幸せを願う、ファンの心境。しのぶは、自分の手で幸せにしてやりたい、嫁さんみたいな存在。二人とも違う魅力があるんだけど、女にはわかんないのかな、この微妙な違い。
「…しのぶだって、かわいいと思うよ、実際」
 おずおずと話しかけると、振り返ってくれた。しのぶは怪訝そうな顔をしていて、でもプっと笑った。
「ラムファンのくせして、何言ってるの。でも、ありがと」
 やっぱり、悪くないよ。しのぶ。怒って笑って。くるくる表情が変わって。いいよなあ。ラムちゃんの表情をくるくる変えるのは、あたるにしかできないけど、しのぶをからかうことは、割と抵抗なくできるし。同じクラスの女子ってかんじでさ。いやホントにしのぶは同じクラスの女子なんだし、ラムちゃんだってそうなんだけど。
「もう一つ。野暮なこと聞いていい?」
 しのぶは呆れたように、肩をすくめる。
「どーぞ。もうなんでもいいわよ」
 うん。やっぱり、しのぶって、いいなあ。まあ、ちょっと肝っ玉かーちゃんみたいだけど。そしてぶつける、他意なく、疑問に思ってたこと、パート2。
「…しのぶもラムちゃんも、あたるあたるってさ。女から見てあたるって、そんないい男なの?正直」
 あれがいい男なんだったら、おれもあたるみたいにガールハントしまくろうかな。そ〜したら、ラムちゃんとかしのぶみたいないい女に、惚れてもらえるかもしれん。うひひ、と下心で鼻の下を伸ばすおれ。
 だけどしのぶは、おれの野望を無情に一刀両断した。心底呆れた、というように救いようのないアホを見るような顔で、首を振った。
「いい男なわけ、ないでしょう?なにバカなこと言ってんのよ。あたるくんほど、つきあいたくない男の人って他にいないわよ」
 じゃあなんで、そのつきあいたくない男を巡って、ラムちゃんと争ったんだよ。
 さすがにもう一度、似たような失言をするわけにはいかないから、しのぶの台詞にのっかってみる。
「そりゃそーだよな〜。あんないい加減で無節操で見境ない女好きでアホでスケベでいやしくて不誠実でなーんも考えとらん、下半身男なんか…」
「コースケくんなんかに、あたるくんの良さがわかってたまるものですか!」
 ぶわっち〜ん!
 …なんでおれ、殴られたの?
 ドスドスと足音荒く、頭から湯気を出してがに股で教務室へずんずんと立ち去っていくしのぶ。荒々しいしのぶの後ろ姿を呆然と眺めながら、女心ってわかんねえなあ、と思う。
 しのぶにビンタされた勢いでぶっ飛んだ学級日誌を、よいしょ、と拾いあげる。ぱんぱんっ。埃を払ってから、日誌の角を額にこつんと当てる。
「失礼しますっ。二年四組、日直当番の三宅しのぶです。温泉マーク先生はいらっしゃいますか?」
 がらっ、というドアを引いた音のあとに、しのぶの張り上げた声が続く。
 ま、結局のところ、しのぶもそうそう浮気な女じゃないってわけだ。ラムちゃんとは違うけど、しのぶだって。
 ラムちゃんの一途は、男が理想とする、まるで夢物語みたいな、憧れの一途。しのぶの一途は、普通の女の子の、寄り道ありきの。でも一途なんじゃないか、結局。
 もう外はすっかり暗いことだし、クラスのちょっといいなっていう女の子を家まで送ってやらにゃいかんな、とノンビリ教務室へ向かう。ちょっといいなっていう女の子が、たとえおれより怪力でも。それでもまあ、役得には違いない。
「失礼しやーっす。センセー学級日誌!」
「白井!教務室に入るときは、クラスと名前を言え!三宅を見習え!」
「だってセンセー。おれの名前知ってるでしょ」



-end-


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