後 編


 目の前でぶらぶらと気持ちよさそうに、自由を満喫して揺れる振り子の腕を見ていた。その細くゴツゴツとした少年の手の平をじっと見つめた。
 いつもワキワキと怪しげな動きでガールハントをもくろみ、隙あらばタッチしようとする不穏な手。
 サイテーだ。全然ロマンチックじゃない。
 恋愛ってもっと高尚で、それでボーイフレンドだってそれに合わせて、優しくて賢くて運動神経もよくってお金持ちで上品で育ちも趣味もよくって、繊細な美少年でなければならない。
――面堂くんみたいに。
 彼はとても素敵なオプションをたくさん腰にさげている。あたるのような、しょぼくれた家庭に育っちゃいないし、高貴な顔立ちをしている。
 ……鼻の下をのばさなければ。
 そして、しのぶのボーイフレンドになる少年は、恋人の少女を自分の命より大事に思わなければいけない。家族も財産も地位も名誉も、なにもかもを投げ捨ててでも、恋人との愛を貫かなければならない。
――これは、さすがの面堂くんでも難しいかしら。
 面堂が「面堂終太郎であること」を、自分のために投げ捨ててくれる姿を想像して、それが素晴らしく魅力的に感じられた。どうやってか必ず現実にしよう、と決意すると、くくっと笑って、しのぶはあたるの後をついていった。
 面堂の目に、しのぶ以外の女が入らないくらい気に入られるには、なにをしたらいいのだろう。
 考えていると、ラムがあたるの腕を引っ張っている姿がぽんっと浮かんだ。
 しのぶの想像の中のラムは、いつものようにあたるに電撃をくらわせて真っ黒焦げにしてから、あたるを腕に抱いて飛び去っていった。
 なんて乱暴なの、としのぶは毒づくと、目の前のあたるの背中を睨んだ。
――あたるくんもあたるくんよ。もっとはっきり突き放してやればいいのよ。ラムなんかに優しくする必要なんかないんだわ。つけあがるばっかりなんだもの。
 あんな凶暴で、恥じらいの欠片もなくて、品が無くて、露出狂で、図々しくて、わけのわからない理屈を押し通して、こっちの話を全然聞かないバカで、地球人ですらない女。それがラム。
 それなのに、面堂もラムに夢中だ。
――「ラムさん、ラムさん」って、ばっかじゃないの。
 きらいよ。そんな面堂くんはキライ。いつもはとても素敵だけど、ラムに夢中な面堂くんなんて最低。
 これは早急に自分の男にしなければ、としのぶの決意はさらに熱く固く、目下、最大最優先の目標として中央に据えられた。



「なあ、しのぶ」
 急に立ち止まったあたるにぶつかりそうになって、しのぶはさっと身を横に引く。
 そんなマヌケな真似、絶対にしたくない。今、あたるの体にはラムの星から連れてこられたわけのわからない液体がかかっているのだ。そんな正体不明の怪しいもの、なにに感染するか、わかったものじゃない。
 地球人には、ラムの星ではどんなにちっぽけな風邪だって免疫がないのだから、とんでもないことになる。そんなの絶対にお断りだ。
「なあに、あたるくん」
 しのぶは甘ったるい声で小首を傾げた。
 あたるは勿論、たいていの男はこのポーズに弱い。だからオネダリをするときは決まってこうする。しのぶは自分の容姿の可愛らしさを十分に知っている。その方向性を、生かし方を、だいたいわかっている。自分を特別好む男がどういったタイプなのかどういった趣味なのかも、だいたい把握している。
 鬼娘のラムは小悪魔だかなんだか知らないけど、娼婦みたいなマネをしてやっと男をたぶらかしているけれど、あたしはそんな不必要で下品な色気をふりまいたりしない。
 必要最低限に、なおかつ効果的に。
 それがわからない女なんてバカだ。
 自分自身の女としての武器がなにかを知らない女はバカだ。バカは娼婦になるしかない。
 やたらめったらムダ打ちの安売りをするか、ラムみたいに無知の恥知らずで垂れ流すか。
――みっともない。

 あたるはしのぶの素振りに、ゴクリと喉を鳴らした。
「なあ、しのぶ。キスしていいか」
「なんでそんなこと聞くのよ」
 あたるの戸惑って自信のなさそうな素振りが、やけにカンに触った。だから、いつもだったら可愛くあたるの懐に飛び込んで、同じセリフでももっと優しく言ってあげるのだけれど、しのぶはあたるの目を見つめ返しただけだった。
「なんでって…」
 あたるは真っ直ぐ向けられた、しのぶの視線から目をそらすと、しのぶの腕を強く引っ張り抱きしめた。
 あたるの胸元に手を這わせると、わずかに湿っていた。
――そういえばあたるくんの体にはわけのわかんないウィルスがついてるかもしれないんだったわ。
 ヘンテコな症状が出て恥をかくのは嫌だったけれど、あたると一緒ならいいか、とも思った。こんなことを思うのは珍しい、としのぶ自身、内心驚きながら。
――あたるくんの体力は驚異的で人間離れしているから、どんな目にあったって平気かもしれないけれど。それに恥知らずだし。でもあたしは繊細でか弱い女の子なのよ。
 それでも、まあいいか、としのぶは背に回されたあたるの腕が強くなるのを幸福に感じた。
「なあ、しのぶ」
 あたるの声がこもって、しのぶの体の真ん中に響く。あたるの体が発声の度に振動して、しのぶと一緒に震える。
「…なあに」
 さっきからしのぶの名前を呼ぶばっかりで、肝心なことをはぐらかしている素振りのあたるに、しのぶは辛抱強く返事をした。ぴったりとくっついた体が熱かった。

「しのぶ、好きだ」
 あたるが呻くように絞り出した声に、しのぶの顔は青ざめた。さっと顔色が変わって、弾けるようにしのぶの体が反応する。あたるの体を押しのけようと腕をつっぱねた。
 しのぶにとってみれば心外だけれど、しのぶの怪力なのは、あたるもよく知るところだ。
 早く戻らなければ、と思った。みんなの元に、戻らなければ。ラムがあたるを見つけて、またバカなことをしたって構うもんか。
 しのぶがあたるの腕を振り解こうと藻掻くのを、あたるは許さず、腕の力を強めた。
「おれが好きなのはお前だけじゃ」
 しのぶは満足に動かせない腕で精一杯の抵抗をした。しのぶの唇の端に血が滲んだ。悔しくて、唇を噛んでいた。
 なにより悔しかったのは、本気の本気で振り解こうとすれば、あたるの腕なんて簡単にほどけることだった。
「好きだと言っとるんだ、しのぶ」
 あたるの声が抑えようもなく震えて、隠しようのない嗚咽が混ざった。
「好きだって…」
 しのぶに覆い被さるほどの身長差が二人の間にないことを、しのぶは恨みつつ、しぶしぶ、あたるを支えてやった。

 あたるくんが倒れ込んできて、どうしようもなかったのよ。
 そんな言い訳がしたかったけれど、あたるは軽かった。その体に何も詰めていないのでは、と思うくらい。空気みたいに軽かった。
 しのぶは空っぽの体を抱きしめて、背中を撫でてやった。
 あたるが鼻をすする音とカサカサと葉と葉のこすれ合う音しかなかった。




----


「なあ、しのぶ」
「…なあに、あたるくん」
 しのぶは甘ったるい自分の声に腹が立った。優しくしてやろうと装った声は、発情した女の声でしかなかった。
「ごめん」
「なあ〜にが?」
 しのぶは足もとの黄ばんだ雑草を蹴散らして、無邪気さを装った。装った、声を出した。
 …ラムみたいに。
 ラムの「なんのことだっちゃ?」ってヤツみたいに。ムカつくほど無邪気な、ラムみたいに。
――あたしの気遣いは、発情したメスと同じ。
 あたるは振り返らず、うつむいたまま足を進めた。もとの道を辿って、騒がしい仲間のもとへ戻る。ラムの電撃をくらいに、その光景を目の当たりにする為に、あたるとしのぶは歩く。
「もう二度とせん」
 後悔が色濃く滲んだ声に、しのぶの心臓は鷲づかみされたようだった。あたるに思い切り抱きついて、縋りたくなった。
 この暴れ馬みたいな欲求を抑えつけなきゃならない理由を無視できたら、どんなにいいだろう、と思ったけれど、しのぶは喉の奥から飛び出そうな言葉の数々を飲み込んだ。惨めになるだけなのは、わかっていた。
――ラムもあたるくんも、ズルイ。
 もうこれで、なんもかんも、おしまいだ。
 これから先、しのぶがどんなふうに愛を確かめようと、あたるにどんな愛の言葉をささやかせようとしたって、それを素直にあたるが吐いてくれたって。騙されてやることが出来なくなってしまった。


「あったり前よ!あたるくんが頭からかぶってた薬。アレ、いったいなんなのよ!あたるくんはいいかもしれないけど、あたしはこんなのっ…こんなブサイクな格好、許せないのよっ!」
 こんな姿、二度となりたくないわ、としのぶは拳を握りしめて憤った。
 あたるとしのぶの頭には小学生の落書きのような蛍光色のでっかい花が咲いていた。その花には、目と鼻と口がついていて、アホ面をして、さっきからわけのわからない言葉で騒音にしか聞こえない歌を歌っている。
 しのぶが叫ぶと突然、ブサイクな花の口から、黄色い煙のようなものが吐き出された。それはとんでもなく臭かった。
「信っじらんない!!!!!!!!」
 しのぶは足もとの枝を拾うと、自分の顔には当たらないように慎重に狙いを定めて、頭上の花を拾った枝で打った。
 すると、花は怒って「グギョギョグギョギョ」とか、わけのわからない言葉をあの臭い息と一緒に、しのぶの鼻先目がけて吐き出した。
 しのぶが頭上の醜い花と格闘し出したあたりで、足を止めたあたるは、その姿を見て、腹を抱えて笑った。
「なに笑ってるのよ!これもみんな、あたるくんのせいじゃないの!」
 そう言ってあたるにビンタをかますと、しのぶは憂鬱なため息を漏らした。
「面堂くんにこんな姿見られたら…。ああ、面堂くん、どう思うかしら」
「なーに。今頃、あのアホも同じ目にあっとるわい。しのぶどころじゃなかろう」
 いい気味じゃ、と笑うあたるの横っ面には「アホ」とか「マヌケ」とか「オマエのかーちゃんデベソ」とか、己は小学生か!という落書きが浮かんでは消え、浮かんでは消えしている。
 確かに、これでは面堂はしのぶどころじゃないだろう。だいたい、面堂はあたるの盾にされて、直撃したのだそうだから、被害はもっと甚大に違いない。
「可哀想な面堂くん…」
 しのぶがそっと涙ぐむと、あたるは「ぬわ〜にが可哀想なものか」とペペペッと唾を吐いた。
 しのぶはくすりと笑った。
「行くぞ、しのぶ。はよ、ジャリテンのやつを締め上げんとならんからな!しのぶも、その姿のままでいたくはなかろう」
「当然よ!」

 くるりと前を向いたあたるの背中を見つめながら、しのぶは歩いた。
 耳障りな歌とマヌケな花に意識を集中すれば、さっきのことなんて、少なくとも今だけは、なかったことに出来た。
 あたるに言ったとおり、こんな姿になるのは二度とごめんだったけれど、このバカ宇宙花のおかげで、あたるに抱きつかないで済んだ。「ねえ、まだやり直せるわよ」なんて、バカなこと、言わなくて済んだ。


「あ、ちょっと」
 ちょっとってなによ、と問う間もなく、あたるは素早く横道に逸れて、背の高い草木に隠れてしまった。
「ちょ、ちょっとおー!あたるくーん?」
 しのぶの声は空しく木々をざわめかせただけで、あたるからの間延びした返事すら受け取れなかった。

――なによなによなによ。いくらこんなブサイクな格好してるからって、人気のない雑木林の中、年頃の女の子を一人置いていく気?
 あたるがすぐに戻ってくることくらい、しのぶだってわかっていた。あたるはたぶん、自然の生理現象とかいうやつで離れたのだ。
 二人で黙々と歩きながら、しのぶは感傷的な気分に浸っていて、それなのにあたるは、そんなデリカシーのかけらもないこと、と思うと惨めな気がした。

「二度と、ね…」
 あたるはもう二度としない、と言った。
 あたるはもう二度としないだろう。言葉通り、絶対に。振り返りはしない。
 そうだ。こんなチャンス。もう二度とない。
――ウソでもずるくっても、あとで結局どんでん返しをくらうかもしれなくても、可愛く「嬉しい」って微笑んで、「あたしもあたるくんだけよ」って言えばよかった。
 誰より大好きなあたるが、誰よりも苦しむことになっても。
 あたるを苦しめる原因に、ラムだけじゃなくて、ラムと同等かそれ以上に自分が深く関われるかもしれない。しのぶは残酷な安心感に満たされたいと思った。
――あたるくんが戻ってきたら、頭上のバカ花なんて忘れて、あたるくんに抱きついてやろう。
 しのぶはせっかく終止符をうったことに、あたるを救ってやったことに、リプレイで巻き戻してやることに決めた。
 物分かりのいいフリをしたところで、誰が得をするのだ。少なくとも、今この瞬間、しのぶは得をしない。そして確実に、あの女は得をするのだろう。


「ほれ」
 がさがさと草木を掻き分けてあたるは戻ってきて、しのぶに濡れたハンカチを差し出した。
 ハンカチは、ラムが出発間際、諸星家の玄関前で「ハンカチとティッシュは基本だっちゃ」とあたるのポケットに捻り込んだものだ。しのぶはその様子を横目で見ていた。
「なに?」
「それで鼻をおさえとけ。少しは臭いもマシになるってもんだろ」
 気休めに過ぎんがな、とあたるは笑った。

 俯いてしまったしのぶを不審そうに、あたるは覗き込んだ。
「どうした、腹でも痛いか」
「………」
――なに考えてんのかしら、このばか。
 このハンカチ、ラムのじゃないの。なに考えてんの、ホントに。
 「返さんでいいぞ」なんて言い出したらどうしよう。そんなこと言ったら、ぶん殴ってやるだけじゃ済まないんだから。
 ぶっっっっっっっ殺してやりたい。
「しっのぶちゃ〜ん?」
 おどけた口調のくせにその顔は反則だ、としのぶは内心舌打ちをして、顔をあげた。
 うまく表情をつくることは大得意だ。ラムが来てから、この特技に磨きがかかった。
「いいえ。珍しくあたるくんの気が利くから、驚いちゃって」
 うふふ、としのぶが笑うと、あたるがどーゆー意味じゃ、と笑った。
 そんなら返せ、と言わないあたるが、やっぱり好きだな、としのぶは思った。
――しょうがないから、いつか祝ってあげるわよ。あんた達のこと。

「さて、と。行くか」
「ええ」
 しのぶはあたるが濡らしてきてくれたハンカチで、鼻から口まですっぽり覆った。悪臭が完璧にシャットアウトされて、驚いた。あたるには悪いけれど、本当に気休め程度にしかならないと思っていた。
 前をむきかけたあたるに急いで話しかける。
「あたるくん!ねえ、ほんとうにありがとう。すごく楽だわ」
「そりゃよかった」

 あたるが進み始めたのについて、しのぶも足を進めた。
 しかし、ハンカチを抑えているせいか、足の進みがどうにも不器用になった。もともと、しのぶは器用な方じゃない。ツタの絡まった足もとなんか、丁寧に避けて進むより、全部ぶっちぎって突破したくなるタチだ。
 もどかしさに、苛立った。
「なあ、しのぶ」
「なによ」
 のんびりと呼びかけるあたるに、更に苛立った。
「歩きづらいんだろ。ほれ」
 振り向きもせず、差し出された手のひらに、しのぶは泣きたくなった。
「つかまれ。ひぱってってやるから」
 あたるはヒラヒラと手を上下に泳がせた。
「……いらない」
「あ?」
 あたるは振り返ってしのぶを見て驚いた。
――いつもいつも可愛い笑顔を昔っからおんなじよーに、繰り返し貼り付けて胸をはっている強い女が、半泣きの顔で、笑っとる。
「だめよ、あたるくん」
「………」
「あたし、このハンカチで充分よ」
 充分なの、と俯くと、しのぶはハンカチを外して、深く息を吸い込んだ。

「ねっ!行きましょう、みんな待ってるわ」

 あたるはしのぶに促されるままに、しのぶの後ろをついて歩いた。不器用な足取りはスピードをあげることはなかったが、あたるはノロノロとしのぶの後ろを歩いた。
 参った、とあたるは苦笑した。
 顔をあげて「行こう」と笑いかけたしのぶは、いつもの可愛くて強いしのぶだった。泣きそうな顔なんてウソだったみたいに、すっかり、影も形もなかった。
 涙の一粒も落とさずに、全部きれいサッパリ。泣き言もなし。晴れ晴れとした顔をしたしのぶ。みっともなく、しのぶに泣いてすがった自分とは違って。

「まいったなあ…」
 しのぶは、あたるの呟きに気づいたのか気づかなかったのか、ひたすら不器用に進んでいった。
 しのぶの頭の上では、相変わらず、けったいな人面花がけったいな歌をわめき、奇妙な加減で揺れていた。汚らしい黄色をした悪臭は、洗濯もせずにロッカーに押し込んだ体操着やら靴下やらに似た臭いを放っていた。
――くさくてかなわん。鼻がもげそうじゃ。
 自分の頭の上にも同じものが揺れているのだと思うと、頭に花を咲かせたしのぶの後ろ姿に吹き出しそうになって苦労した。




----


 そーして、あたるとしのぶは日常に戻っていったのだ。
 あたるにはラムがいて、当たり前だけど、あたるとしのぶが幼馴染みじゃなくなるわけがなくて、あたるが急にガールハントをやめるわけがなくて、あたるが急にしのぶに抱きつかなくなるわけもなくて、あたるが急にラムに優しくなるわけもなかった。
 あたるはセコくてスケベでバカなまんまだった。
 面堂に陶酔することに飽きれば、しのぶは、もうすることがなかった。だから、いい加減、またやってるわね、とお騒がせカップルを冷ややかに横目で見る、ただのクラスメイトの一人になった。それから時々ラムの相談にのってやる親身な女友達になった。
 そんでもって、お騒がせカップルに巻き込まれて、色々な災難に見舞われることにした。

 しのぶは、だから、あたるが残してくれなかった毒薬を舐めることすら許されなかった。
――あたしだって、泣いてすがりたかったのよ、あたるくん。
 なじってなじって、心のゆくまで、目が溶けてしまうまで、泣きたかった。だけど、許されなかった。
 ブサイクロミオのあたるは、いやしんぼで、一滴も毒薬を残してくれなかった。



 ですから、わたくしは短剣を抜き、胸をつく、ジュリエットとなりましょう。接吻などせずとも、あなたの唇には、もう毒薬など乾ききって、残っていない。





 ああ、なんてひどい。すべて、すべて飲み干してしまうなんて。わたくしにただの一滴も残してくださらない。なんてひどい人!

「まいったなあ…」

 そうだわ、あなたの腰のその短剣で。わたくしは胸を貫きましょう。




 ダガーでぶすりとひと突きに。
 ジュリエットは死にました。



- end -



photo by Four seasons

≪戻る